2010 第59回公演『灯』―犯罪被害者を見つめなおす―
ある昼下がり、穂積きよ枝はいつものようにワイドショーを見ながら夫を相手にあれやこれやと並べ立てて笑っていた。
こんな昼のドラマみたいな事件本当にあるのよねえ、まあ私達には関係ないけれど。
一方水瀬裕美子は、実家を離れて一人暮らしをする一人息子の宏樹のことを考えていた。早くに夫を亡くし、経済的に余裕がない中女手一つで育ててきた子供だったが、なんとか大学にまで送り出し、この春大手企業からの内定を得るに至っていたのだ。
あの子、内定祝いなんか要らないっていってたけれど、こっそり何か買ってあげようかしら。
しかし突然事件は起こる。路上できよ枝のかばんを奪おうとした男が、きよ枝の声を聞いて駆けつけた宏樹から逃げようとしてもみ合い転倒した結果、宏樹を死なせてしまったのだ。借金の返済が進まず、家族を守らなくてはと追い詰められた岡本克哉による犯行だった。
自分が被害者になるなんて思いもよらなかったきよ枝は、事件のショックと助けに来た青年の死に塞ぎ込み、被害者支援センターを訪れる。突如宏樹を失うことになった裕美子は、「宏樹がなぜ死ななくてはならなかったのか知りたい」と裁判に参加し、被告人に思いを伝えようと決意する。
一つの事件に、境遇の違うそれぞれの被害者。
彼女らが本当に求めるものとは―。